第一章 工房へ

手仕事こそ、我が人生
盛岡山車を支える「足回りの技」と、受け継がれる職人の魂

華やかな人形や装飾をまとい、盛岡の街を堂々と進む山車。

多くの人が目を奪われるのは、山車の上に飾られた勇壮な人形や色鮮やかな装飾です。しかし、その巨大な山車を足元から支えているのは、欅の木からつくられた車輪と心棒、そして長年の経験を積んだ職人の手仕事です。

株式会社鈴正では、盛岡山車の車輪をはじめとする足回りの製作や補修に携わっています。

今回公開したYouTubeドキュメンタリー
**「手仕事こそ、我が人生 ― 盛岡山車を支える足回りの技 ― 第一章 工房へ」**では、鈴正創業者である会長の仕事を通して、山車づくりの知られざる世界をご紹介しています。

5年、10年と乾燥させた欅を使う

盛岡山車の車輪や心棒には、主に欅が使われます。

欅は硬く、重く、木目が細かい木材です。大きな荷重を受け続ける山車の足回りには、強度と粘りを備えた材料が欠かせません。

しかし、仕入れた欅をすぐに加工するわけではありません。

丸太の状態から長い年月をかけ、5年から10年ほど寝かせて乾燥させてから使用します。乾燥が不十分な木材は、加工後に反りや割れ、収縮が起こる可能性があるためです。

良い車輪をつくる仕事は、木を削る瞬間から始まるのではありません。

木を見極め、仕入れ、乾燥させ、使える状態になるまで待つ。職人の仕事は、何年も前から始まっています。

欅だから生まれる、滑らかな回転

欅でつくられた車輪には、強度だけではない特長があります。

車輪と心棒が回転する際、木材の相性が悪ければ、ギシギシ、ギリギリと大きな軋み音が発生します。しかし、適切に乾燥させた欅を使い、職人が丁寧に調整すると、不快な音や大きなガタつきを抑えることができます。

欅の繊維は複雑に絡み合っており、その性質が適度な摩擦と粘りを生み出します。

ただ硬いだけではなく、山車の重量を受け止めながら滑らかに回転する。この欅特有の性質を活かすためには、材料を理解した加工技術が必要です。

3トンの山車を支える、わずかな調整

盛岡山車は、装飾や人形だけでなく、多くの人を乗せて街中を進みます。その重量は、約3トンにもなるといわれています。

そのすべての荷重を受け止めるのが、車輪と心棒です。

車軸が通る穴の深さ、心棒との隙間、車輪の厚みや削り方。どこか一つでも合わなければ、車輪にガタつきが生じたり、回転が重くなったりします。

そのため、職人は実際の状態を見ながら、1ミリ単位で削り、何度も確認を重ねます。

図面や数値だけでは判断できない部分も少なくありません。木の乾燥状態や硬さ、長年使われてきた車輪の癖を手で感じながら、少しずつ合わせていきます。

そこに必要なのは、機械だけでは再現できない、職人の経験と感覚です。

100年以上使われる車輪を、直しながら守る

盛岡山車の車輪は、適切に製作し、補修を続けることで、100年以上使われることがあります。

すべてを新しくつくり替えるのではなく、使える部分は残し、傷んだ部分だけを直す。これも伝統的なものづくりの大切な考え方です。

木が欠けた場合は、十分に乾燥させた別の木材から必要な部材を切り出し、部分的に交換します。曲がりや緩みがあれば、一度分解して原因を確認し、締め直します。

過去には、熱した鉄輪を木製の車輪にはめ込み、水で急冷して締め付ける「焼き嵌め」という方法も使われてきました。

非常に強固に固定できる一方で、熱や急激な冷却によって木に歪みや収縮が生じることもあります。そのため、補修では表面だけを見るのではなく、どこに原因があるのかを細かく確認する必要があります。

古い車輪を直す仕事は、新しい車輪をつくる仕事とは違う難しさがあります。

長年受けてきた荷重や摩耗、木の癖を読み取りながら、その車輪に合った方法で再生していくのです。

山車が動き出す前に、工房の仕事が始まる

各地域では、毎年5月頃の総会で、その年に山車を出すかどうかを決めます。

山車を出すことが決まると、車輪や心棒の点検、補修の依頼が一斉に入ります。

外から見ただけでは問題がないように見えても、分解してみると木部が摩耗していたり、わずかな緩みが生じていたりすることがあります。

お祭り本番で安全に運行するためには、事前の点検が欠かせません。

盛岡の街に山車が姿を現すよりもずっと前から、工房では職人たちの仕事が始まっています。

10年修行しても、簡単には身につかない技

山車の車輪づくりは、大工としての経験があれば、すぐにできる仕事ではありません。

木材を切る、削る、組み立てるといった一般的な大工技術に加え、山車特有の構造や荷重、木の動き、修理方法を理解する必要があります。

たとえ大工として10年の経験があっても、職人の判断や手の感覚をすぐに再現することは困難です。

「あとどれくらい削るのか」
「どこに荷重が集中しているのか」
「この木は今後どのように動くのか」

こうした判断は、長年にわたり数多くの車輪を見て、触れ、直してきた経験の中で身につくものです。

鈴正が担う、技術継承という責任

現在、盛岡山車の足回りを製作・補修できる職人は限られています。

専用の道具や機械が必要であることに加え、長年の経験に基づく判断が求められるため、職人が引退してしまえば、同じ仕事を頼める場所がなくなる可能性があります。

だからこそ鈴正では、年長の職人だけに仕事を任せるのではなく、若い大工や社員にも作業を手伝わせながら、技術を伝えています。

見て覚える。
手を動かして覚える。
失敗しながら、木の感触を覚える。

職人技は、文章や図面だけでは残せません。実際の仕事を通じて、人から人へ受け継がれていくものです。

住宅をつくる会社である鈴正が、地域の祭りを支える山車づくりにも携わり続ける。その背景には、創業以来大切にしてきた、ものづくりへの責任があります。

300年以上守られてきた南部山車の伝統

盛岡をはじめとする南部山車には、300年から400年近い歴史があります。

その構成には、古くから受け継がれてきた決まりがあります。

山車は、「天・地・人・海」の4つの要素によって構成され、この基本を崩してはいけないとされています。

時代に合わせて表現や装飾が変化しても、守るべき形式や精神は変えない。

盛岡山車が長い歴史を持ちながら、今も人々を魅了し続けているのは、見た目の華やかさだけではありません。

先人から受け継いだ決まりや技術を守り、次の世代へ渡してきた人々の積み重ねがあるからです。

盛岡山車がつないだ台湾・花蓮との交流

盛岡山車は、地域の中だけにとどまらず、海外との交流も生み出してきました。

盛岡の山車に感動した台湾・花蓮の観光関係者との出会いをきっかけに、山車を通じた交流が始まりました。

そのつながりは、祭りだけではありません。

野球やリトルリーグ、さんさ踊りなどを通じ、子どもたちの国際交流にも広がっています。

一台の山車が、人と人、地域と地域、国と国をつないでいく。その足元を支えているのが、工房で黙々と続けられている職人の仕事です。

手仕事を守ることは、地域の文化を守ること

盛岡山車の車輪づくりは、決して目立つ仕事ではありません。

完成した山車が街を進むとき、車輪の細かな加工や補修に注目する人は多くないかもしれません。

しかし、正確につくられた足回りがなければ、巨大な山車を安全に動かすことはできません。

見えない部分にこそ、手間をかける。
長く使えるものをつくる。
壊れたら、直して使い続ける。
そして、その技術を次の世代へ渡す。

それは、鈴正が住宅づくりにおいて大切にしてきた姿勢にも通じています。

創業者である会長が、長年の仕事を通じて守り続けてきたもの。それは単なる加工技術ではなく、ものづくりに向き合う心そのものです。

YouTubeで本編を公開しています

文章だけでは伝えきれない、職人の表情、木を削る音、工房の空気、そして会長自身の言葉。

YouTubeドキュメンタリーでは、盛岡山車を足元から支える仕事の現場を映像でご覧いただけます。

「手仕事こそ、我が人生
― 盛岡山車を支える足回りの技 ―
第一章 工房へ」

鈴正の原点ともいえる、職人の仕事と受け継がれる技術を、ぜひ本編でご覧ください。

▶ YouTube本編はこちら
https://youtu.be/fySKn8mVCKc

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